日記 (4): 「ありがとう」の日記

2012年08月15日

戦後67年

今日は終戦記念日。

多くの戦争犠牲者の御霊に、

心から、「成仏」のお祈りを捧げます。



戦後67年が経ちました。。。



平和になって、

しかし、社会の激動の中で、

沢山の「○○戦争」の文字が生まれていきました。



リアル世界も、バーチャル世界も、


自分の「縁」次第なのでしょうか?



「私宇宙」の中に「幸せ」を見出し手を繋ぎ、



二人三脚で、日々の戦いに立ち向かってゆきましょう〜。


posted by seika at 22:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月12日

お盆

お盆ですね〜


お盆休みが待ち遠しかったですね。るんるん

海に山に

旅行に

バカンスに

イベント会場に

お里帰りに

日本民族大移動中でしょうか ダッシュ(走り出すさま)



私はお墓参りに行きます。かわいい


色々なところで、


「お墓参りをすると運気が良くなる。わーい(嬉しい顔)」と、見聞きします。


先祖は、自分の根の部分、根が腐ったら、


自分も枯れてしまいますね。がく〜(落胆した顔)


お盆は、施餓鬼供養が中心ですが、


相互供養の気持ちがないと、餓鬼になるといわれていますから、もうやだ〜(悲しい顔)


御供養は大切ですね。黒ハート
posted by seika at 19:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

アンネ・フランク

『アンネの日記』のアンネ・フランクさんは6月12日のお誕生日でした。バースデー

13回目のお誕生日にお父さんから、プレゼントされたサイン帳を、本

「キティー」と名づけ、次のような文から書きはじめました。

『あなたになら、これまで誰にも打ち明けられなかったことを何もかもお話しできそうです。

どうか私のために大きな心の支えと慰めになってくださいね。』黒ハート

『アンネの日記』は1942年6月12日から、1944年8月1日まで書き続けられています。

アンネ一家が「隠れ家」で過ごしたのは、1942年7月6日から、1944年8月4日まででした。

8月4日、ゲシュタポに連行され、アンネはベルゲン・ベルゼン強制収容所におくられます。

そこでチフスに羅患して、1945年3月頃に亡くなってしまったそうです。

わずか15年の短い人生でした。

父親のオットーさんはアンネについてこう回想しています。

「アンネは陽気な性格で女の子にも男の子にも人気があった。ハートたち(複数ハート)

大人を喜ばせるかと思えば、あわてさせる。あせあせ(飛び散る汗)

あの子が部屋に入ってくるたびに大騒ぎになったものでした。」るんるん

そしてオットーさんは娘アンネさんの、

戦争と差別のない世界になってほしいという思いを、黒ハート

全世界に伝えるために日記の出版を決意したそうです。

この日記は60以上の言語に翻訳され、

2500万部を超える世界的ベストセラーになったそうです。


posted by seika at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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